第三部は「狐忠信」と題し、義経の忠臣・佐藤忠信が物語の軸になる部分の上演。最初は踊
りの『道行初音旅』、通称「吉野山」で幕を開ける。面白いことに、タイトルに「千本櫻」とありながら、原作の中にはどこにも「櫻」の場面はない。全山櫻に覆われる吉野の春の風景は有名で、この舞踊の背景にも吉野山の櫻が満開の様子が描かれている。ただ、初演当時はこの背景も満開の櫻ではなかったようだ。こうした工夫一つを見ても、歌舞伎が長い歴史の中で、さまざまなカスタマイズを繰り返し今の形を作り上げたことがわかる。

 市川染五郎の静御前、ひたすらに美しい。これは、元来の顔立ちに加え、染五郎が女形専門の役者ではないがゆえの「ご馳走」的な感覚をもたらすからだろう。最近、舞踊の『鏡獅子』や『伊達の十役』の中の政岡など、以前は積極的に演じることをしなかった女形の役々に挑んでいる。もともと舞踊には定評があり、「吉野山」でも忠信も静御前も両方できる役者だが、芸の抽斗を増やす努力は評価に値する。一部で「碇知盛」、二部で「弥助」、三部で「静御前」と、ほとんど出ずっぱりの奮闘だ。
忠信は市川猿之助。お家芸でもあり、お手のものというところだ。二人が一対の雛人形のようになる場面は満場の拍手で、確かにいいバランスだ。若すぎもせず、芸に定評のある二人の花形がたっぷり踊る魅力がある。身の軽さも存分に楽しませ、忠信の心持ちをエネルギッシュに踊った。

 続いて「四の切」。正式には『川連法眼館の場』だが、通称の方が馴染んでおり、この芝居の躍動感を予想させる。幕開きに上村吉弥が法眼の妻・飛鳥で少し顔を出すが、こういう古典の感覚を味合わせてくれる芝居が貴重な時代になった。源義経は市川門之助、静御前が市川笑也に変わる。この場面の二人は、他の場面とは役の意味合いが違い、主君と証人の立場で「そこにいる」ことが大事な役だ。歌舞伎流に言えば「しどころ」のない役で、両人ともに無難、というところか。一部で義経を演じた松也は、家臣の駿河太郎に回る。役者の順序から言えば相当で、他の役を演じながら冒頭で自分が演じた役を観るのも勉強だ。

 市川猿之助の佐藤忠信、出からしばらくの間は、もう少し品の良い佇まいを見せてほしい
ところだ。その方が、狐になり、真相が分かってからの芝居が活きるだろう。この芝居、伯父の先代・猿之助が今の上演形態を創っただけあって、動きも凄まじいほどで、早替わりやケレン味溢れる動きに観客は大喜びだ。二人の「忠信」を混乱させるための芝居の効果として、どこから出るかを分からなくするために、花道の揚幕が「チャリン」と小気味の良い音を立てて開き、「出があるよ!」との声が掛かる。観客の視線が一瞬花道に集中している間に、忠信が舞台にいる、という「目くらまし」だ。今の観客はこのからくりを知っている人も多く、この声に騙される人も少ない。

 しかし、ここに一つの問題がある。「出があるよ!」の揚幕からの声がもはや形骸化しており、この瞬間が本来持っている劇的効果を果たし切れていないのが惜しい。分かってはいるが、一瞬騙されそうになる緊張感がほしいところだ。バカバカしいようでも、こうしたところを丁寧にしてこそ、歌舞伎の荒唐無稽の面白みが出るのではなかろうか。

 猿之助が、二人存在する佐藤忠信の片方が実は狐であったと告白してからの聴かせどころ、いわゆる「狐言葉」に何か所か聞き取りにくいところがあるのがもったいない。義経から、自分の両親の皮を使って作った鼓を与えられ、愛おしそうに戯れる様子は、愛嬌と哀しみが綯い交ぜになり、胸に響く場面だ。幕切れは、鼓を抱いて三階まで恒例の宙乗りで引っ込む。他の芝居では「フライング」と呼んで、多くの場面で使うようになったが、この仕掛けが江戸時代から存在していたことに、改めて歌舞伎の底力を感じる。

 一本の長い芝居を通して演じることで、人間関係や物語の伏線の意味がはっきりする場合がある。『義経千本櫻』もその一つで、通して観ることで、三人の男が抱えた悲劇を、作者がどう描き分けたのか、比較することができる。名場面を集めた通常の公演も悪くはないが、たまには一日かけてたっぷり古典歌舞伎の世界に耽溺するのも悪くはない。