2005年の暮れに、ほぼ自費出版の形で『観客席の片隅で』という本を出した。それまでに観た芝居の批評、当時の演劇界への提言などをまとめたもので、43歳の時だ。昔から「若書き」との言葉があるが、改めて読み返してみると、粗削りどころか何とも稚拙な本で恥ずかしい。「一寸の虫にも五分の魂」と言うが、「五分」の虫の魂が一寸もあって、はみ出しているような勢いはあるものの、もう少し書きようがあっただろう、とも思う。とは言え、当時の芝居のありように抱いていた不満を一気に爆発させたようなエネルギーもある。褒められたものではないが、「尖っていた」時期のものだからこそだろう。
続きを読む: 「観客席の片隅で」①「はじめに」 2026.10.19それから20余年。さして進歩もないままに、馬齢を重ねたまま演劇界の片隅に生き、芝居を観ては何かを書く生活に変わりはない。年齢の分、エネルギーはなくなったが、また何か別の物が見えてきたように思う。このコーナーでは、特定の作品の批評ではなく、「演劇界」というもの全体、時にはそれが作品論や演出、演技論に及ぶこともあるだろうが、そうしたものを書き並べようと思っている。まさに、「観客席の片隅」での独り言だ。
時に「提言」であり「ボヤキ」であり、「発見」…。人類の歴史と共に動き続けている「演劇」というものが、この不安定な時代の中、どんな状況に置かれていて、どこへ向かうのか。約半世紀にわたる観劇歴も、今までのようなハイペースで続けることは叶わなくなってきた。
このエッセイを通して、次の世代へ渡すバトンのようなものを書ければ幸いで、そのために再度、過去の優れた舞台を引き合いに出すかもしれない。先日、1978年、16歳の折の批評が出てきた。これが恐らく最も古いものだろうが、約50年前の、怖ろしく生意気で、知ったかぶりをした原稿に赤面した。しかし、こうした「恥」も含め、私の批評史であるのは事実だ。事々しくお目に掛けるものではないにせよ、今より遥かに純粋な当時の想いを振り返るにはよい資料だった。私自身、当時のような想いで観客席に座ることができるのかどうか。進歩と言える部分もあるが、何かを喪ったことも事実だ。
そんな事どもを含め、いろいろな視点で考えたいと思っている。2週間に1回ずつ更新の予定でいるが、どこまで続けられるものだろうか。
しばらくの間、お付き合いをいただければ幸いである。
