「関西・歌舞伎を愛する会 第三十一回」と銘打たれた毎夏恒例の大阪での夏芝居。今年は、片岡仁左衛門、中村鴈治郎、中村扇雀、片岡孝太郎、片岡千之助の関西勢、松本幸四郎、尾上菊之助、中村隼人、市川染五郎、坂東彌十郎などの東京勢と豪華な顔ぶれだ。現在の歌舞伎では、上方・江戸と俳優を分けることに意味はなくなりつつある。しかし、この会が始まる更に以前は、「東西合同」というほどに、関西と関東の歌舞伎には色合いや匂いに違いがあった。それからの歳月の中で、歌舞伎俳優のほとんどが拠点を東京に移している現在、演目、俳優の区別なく上演されてはいる。何よりも、満員に近い道頓堀・松竹座の活気を見るのは嬉しいもので、かつての中座などを想い出す。
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今年は、今も文学や芸能に大きな影響を与えている泉鏡花の生誕150年に当たる。そのゆえか、各地で鏡花作品の上演や朗読などが盛んに行われているのは好ましいことだ。今も上演される戯曲で有名なものは、新派の代名詞のように語られる『婦系図』、『日本橋』や、幻想的な世界を描いた『天守物語』、『海神別荘』、『高野聖』、そして今上演されている『夜叉ケ池』辺りだろうか。しかし、まだ他にも佳品はたくさん眠っており、この機会にそうした作品の再発掘や再評価もできればなおいいだろう。
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まず、今月から6月まで歌舞伎座に連続出演の予定だった市川左團次が、誰にも健康状態の詳細を知らせぬままに今月の舞台を「体調不良」で休演し、15日に82歳で急逝したのを悼む。若い頃は「赤っ面」の敵役に本領を見せていたが、年を重ねて役柄の幅が広がり、老け役や時にコミカルな味わいにも魅力を見せていた。主役を演じるケースはそう多くはなかったが、こうした個性的な持ち味の俳優がいることで、舞台の色彩が増し、味わいが深くなる。ことに、最近は滋味のある役柄も増えていただけに、ベテランの突然の訃報はショックが大きい。
ジャンルは違うが、先日、劇団民藝の創立メンバーとして唯一現役だった女優の奈良岡朋子が93歳で長逝した。晩年は、椅子に座ったままの朗読に力を入れていたが、この年齢まで現役を貫いたことは驚嘆に値する。歌舞伎に限ったことではないが、日本の演劇が80代前後の老優に支えられている事情は、決して褒められたことではない。とは言え、今すぐに変えられるものでもないだろう。
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昨年2月、東京・日生劇場で二代目松本白鸚(はくおう)の『ラ・マンチャの男』が「ファイナル公演」の幕を開けた。しかし、まだ「新型コロナウイルス」の勢いが今ほどには収まってはおらず、関係者も崩し、休演の日が相次いだ。結果として、25回予定されていた公演の幕は7回しか開かずに終わることになった。この公演に向けて懸命に稽古を続けてきたキャスト・スタッフ・関係者はもちろんのこと、1,300回、半世紀を超える白鸚の「遍歴の旅」の最後を見届けようと楽しみにしていた観客の嘆きも大きかった。通常の公演であればともかくも、今までの集大成との意味を込めた「ファイナル」であるだけに、何とかならないものか、との声が公演主催の東宝にも数多く寄せられたようだ。
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歌舞伎には、江戸の昔から「世界」という言葉がある。作品を創るに当たり作者たちが使う言葉で、今で言えば「テーマ」「世界観」などに相当するだろう。「次の作品の世界は『源平の戦い』で行きましょう」のような使われ方だ。昨今、アニメや歌舞伎以外の分野の作品を「世界」に据えた新作歌舞伎が多いのは見ての通りで、今度は人気ゲーム「ファイナルファンタジー」を「世界」に据え、ゲームと歌舞伎のコラボレーションとなった。
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20世紀を代表する作家の一人、サマセット・モーム(1874~1965)。『人間の絆』や『月と6ペンス』などの小説は愛読者も多いが、残念ながら小説に比して戯曲の数はそう多くはなく、更に日本で上演されたものとなるとそう数はない。そのモームの戯曲『聖なる炎』が俳優座劇場プロデュース公演で38年ぶりに上演されている。これは、劇団俳優座としての公演ではなく、劇団が有する「俳優座劇場」が、作品に適したキャスト、スタッフをセレクトして行う公演だ。今回も俳優座だけではなく、文学座、演劇集団円、青年座、昴ほか多彩なメンバーだ。誤解を招くと困るが、映像や大掛かりな舞台で名前が売れている俳優ばかりが巧いのではない。いわゆる「新劇」の畑で、地道に修練を積んで来た俳優たちの演技を、劇団の枠を超えて作品本意で見せる俳優座劇場の試みは、今回で「117回」目となる。この見識は、もっと高く評価されてしかるべきだろう。志だけではこの回数は続かない。
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2020年3月、「新型コロナウイルス」が燎原の炎の如き広がりを見せ始めた中、文化座とは縁の深い作家、三好十郎の代表作の一つ、『炎の人』が上演された。評判が良かったにも関わらず、最後の2ステージを残して公演中止となった。以降、「緊急事態宣言」の発出などで事態は深刻化し、舞台は続々と中止を余儀なくされ、私の観劇記録も、2020年は一旦この『炎の人』で止まっている。
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昨年、昭和の劇作家の旗手の一人であった清水邦夫が亡くなった。いろいろな意味で刺激的、問題提起が含まれた作品を遺した作家であり、「追悼」の意を込めてだろうか、最近、清水作品の上演を見掛ける機会が増えたようで、これはよいことだ。今回は、「劇団3〇〇」が新宿のシアタートップスでの上演で、主宰の渡辺えりが演出に当たっている。
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一つの劇団が歴史を紡いで行くのは大変なことだ。更に、その歴史の中で繰り返し上演のできる「財産演目」を持てる苦労を重ねるのはも一つ大変だが、幸福なことでもある。
男性の俳優のみで構成されている劇団「スタジオライフ」。1985年以来、37年の歴史を重ねる中で、劇団創立10年の1995年に初演された『トーマの心臓』。漫画家の萩尾望都原作の同名作品を舞台化し、今回で10回目の上演となる立派な財産演目だ。ドイツの男子寄宿学校で亡くなった少年に瓜二つの少年が転向してくる。そこで揺れ動く少年たちの心を描いたものだ。
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芭蕉に「おもしろうてやがてかなしき鵜舟かな」という有名な句がある。加藤健一が長年演じ続けた一人芝居『審判』につぐこの一人芝居を観て、ふとこの句を想いだした。
ロンドンの劇作家、ジャスティン・ブッチャーが描いたこの作品、1999年12月31日のミレニアム・イブに、1899年12月31日生まれ、つまりその日に100歳を迎える道化師、スカラムーシュが過去を語る内容だ。『審判』が2時間40分というギネス物の一人芝居で、この作品は1時間40分。1時間短いと言えばそれまでだが、たった一人で喋りながら、劇場中の神経を自分だけに集中させるのは至難の技だ。
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