80歳を過ぎてなお旺盛な創作意欲は衰えを見せずに、次々に話題作を発表している現代の劇作家の中でも大きな光芒を放つトム・ストッパード(1937~)。『コースト・オブ・ユートピア』、『アルカディア』、『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』など、日本でも話題になった舞台は多い。

 今回、シス・カンパニーが上演しているのは、1968年にロンドンで上演された『ほんとうのハウンド警部』。タイトルだけでは内容は推し量りかねるが、幕が開くと、舞台の上に「舞台と客席」が造られており、劇場の中に劇場がある形だ。そこへ、生田斗真のムーン、吉原光夫のバードブートの二人の劇評家が登場し、舞台の上で上演される芝居の幕が開く前の「業界内」の会話から物語が始まる。演劇評論家出身の劇作家であるストッパードは、「演劇評論家」をこのような眼で見ているのか、あるいは感じていたのかと、批評をする立場としては何とも言えない想いの幕開きだ。

 やがて劇中劇の幕が開く。荘園の中にある別荘を舞台に、三角関係を主軸にしたミステリーのようで、すでに舞台には死体が転がっているが、不思議なことに誰も気付かないまま、芝居は進む。さらに、批評家として客席にいたバードブートがいつの間にか別荘で繰り広げられるドラマの登場人物の一人となり、荘園に精神異常の犯罪者が逃げ込んだとの情報を嗅ぎ付けたハウンド警部が現われ、幕切れには放り出されていた死体の身元が明らかになる。ストッパード流の入れ子構造のような作品だ。同時に、目まぐるしく変わるありえない事態の展開に、舞台からは一瞬も目が離せない。そして、幕切れに用意されているどんでん返し…。それも一つではないが、芝居としてまとまっているところにストッパードの筆の冴えが見える。40年以上前に初演された作品でありながら、発想が斬新かつユニークだ。

 山崎一が演じる二役がコミカルと謎めいた部分を演じ分け、面白い。三角関係を織りなす鈴木浩介、峯村リエ、趣理。家政婦のドラッジ夫人の池谷のぶえが、この作品の点景のような役割を果たし、コメディの要素を巧みに盛り上げている。吉原の芝居には安定感があり、生田はもう少し内心の葛藤を溜めておくと幕切れの暴発的な驚きがより効果的になっただろう。8人の登場人物の作品だが、出演者の息が合い、テンポの良い間で芝居が運ぶ。そのテンポに身を委ねていると、幕切れにとんでもなく驚くことになる辺り、作者の仕掛けは改めて見事。

 ストッパードの作品は時に「不条理劇」と分類されることもあるが、その名称や定義はともかく、芝居を楽しみつつ考えながら観る楽しさもある。

 「コロナ禍」の影響の真っ最中の東京ではようやく3月21日に「緊急事態宣言」が解除された。しかし、そう簡単に収まるわけではなく、「飲食店は20時まで」の要請が「21時」に延長されただけだ。舞台も開演時間を調整し、夜の部でも20時前に終わるようにしている。この作品も、休憩なしの75分の一幕物で、そのスピーディな流れの中、演出の小川絵梨子が時として混乱する芝居を巧みに整理しながらの上演だ。演劇界自身の理由ではなく、外的環境の変化とも言うべき状況の中で、多くの制約がある現在、こうした一幕物の作品で上演時間も90分前後の作品が改めて見直されている傾向がある。その中で、いかに面白いものを観客に提供できるか、が芝居の創り手のセンスが問われるところだ。新しい演劇のありようで「配信」が盛んに行われ、そこに新しい楽しみや手軽さがあるのは否定しない。しかし、まだ生の舞台を見せるための工夫のしようはあるはずで、作品選びに時間を掛け、上演時間だけではなく優れた作品を探し出す「眼」も同時に問われている。