【第十六夜】「演劇における「間」の問題」(2020.09.14)

中村 良く芝居では「間が大事」だと言われるよね。今日は、いろいろな意味での「間」について少し話しましょう。

佐藤 はい。

中村 台本には、台詞以外に「…」や「……」と言った「間」があるよね。これは、俳優にはどのように感じられるのだろうか。

佐藤 難しいですね。場合によっては、台詞を言うより難しいこともあります。

中村 仕事上、台本を読む機会は多いけれど、作者によって「間」が違うよね「…」などで書いてある場合はまだはっきり分かっても、台本にはない「間」や、稽古中に生まれる「間」もあるでしょう。

佐藤 あります。台本にある「、」や「。」も間になりますし。あと、これは少し違うのかもしれませんが、一つの台詞を読んでいる時の息継ぎが「間」になることもありますね。

中村 それだけ多くのパターンがあると、一本の芝居の中で「間」がいかに重要な役目を持つかがわかるね。

佐藤 そうですね。だから、難しいです。

中村 最近は少なくなったけれど、久保田万太郎の脚本はとても「間」が多くて、台本が「…」だらけなんだよ。その僅かな時間に生まれる感情の「揺らぎ」のような感覚をどう表現するか、の練習のために、プロの俳優が練習のために久保田万太郎作品を取り上げていた時期があったね。

佐藤 僕も何本か久保田作品を読みましたが、本当に「間」が多くて難しいですね。その上に、「東京弁」っていうんですか、難しい言葉が多くて。

中村 そうだね。その東京弁も、今の我々は感覚として共有できない時代になってしまったからね。演劇と同じように、言葉も時代と共に変容をするからね。厳密に言えば、同じ東京の言葉でも、「下町」と「山の手」では違うしね。

佐藤 相当に高度ですね。これは、久保田万太郎だけではありませんが、「…」でも「……」でも、この「間」にはどういう作者の意図があるんだろうか、それを読み解くところから始めないといけないですし。

中村 作者も「何となく」で間を作るわけではないからね。

佐藤 はい。その上で、台詞を言っている僕のリズムと言うか、テンポが自然にそこの間に合うような人間、あるいは役としての考え方にならなければ、その「間」が不自然になってしまいますし。

中村 それはそうだね。「間は魔に通ず」という言葉があるけれど、いろいろな角度から考えられるほど、難しいものなんだね。

 さっき、「一つの台詞の中でも『間ができる』」と言っていたけれど、それは具体的にどんなことなんだろう? 俳優でなければ分からない話だから、ぜひ聞きたいですね。

佐藤 そうですね…なかなか実例を挙げるのは難しいんですけれど…。台詞を言うテンポ、リズムに関係があるのかもしれませんが、台詞に「、」が打ってなくても、そこに僅かな「間」がある場合と、一気に言ってしまう場合では微妙に違いますし。こういうのって、「何コンマ何秒」という数字にできないし、しても意味がないんですよね。だから、余計に難しいです。

 前に、稽古場で演出家に「君の台詞の間はメトロノームみたいだね」と叱られたことがありました。

中村 いつも同じ「間」なんだ。

佐藤 そうなんです。こういう会話でも、その時の間は微妙に違うんだから、それを演技に活かさないと、と。実際にそうなんですよね。でも、それが実践できるかと言われるとなかなか、ですね。

中村 「名優は一日にしてならず」だね。逆に言うと、何回も公演がある生の舞台で、毎回同じ「間」で台詞を言うのは、不可能とも言える至難の業、もしくは超絶技巧ではないかな。また、同じ役でも演じる人が違えば当然「間」も変わるしね。

 歌舞伎では、同じ役を違った役者さんで観る機会も多く、同じ台詞でも人によって全然間が違うからね。その差を比べるのも面白いし、勉強にもなるね。

佐藤 はい。歌舞伎にのめり込み始めたのは最近ですけれど、歌舞伎の台詞の「間」も、すごく重要だと気づいて、なるべく観るようにしています。ベテラン勢では松本白鸚さん、片岡仁左衛門さんの「間」の巧さは絶妙だと思います。

中村 なかなかの「歌舞伎通」ですね(笑)。確かに、歌舞伎の台詞術が現代劇にも大きく役に立つのは事実だね。そうやって人の舞台を数多く観ると、いろいろなことが吸収できるでしょう。

佐藤 はい! いい芝居とは何か、を考えさせられたり、自分ももっと舞台に立って芝居をしたいと思ったり。できるものなら、毎日でも劇場へ行きたいです!

中村 もう40年近く前になるけれど、大学が夜間だったので、昼間は劇場でアルバイトをしていてね。毎日、開演してから30分は一階席の壁の後ろで遅れて見えたお客様をご案内するために立っているんだけれど、微妙に芝居が違うんだよね。そういうことを実践で勉強できたのは幸せだったと思う。

佐藤 羨ましいですね。

中村 今思えば、最高の学校だったね。新派、新劇、翻訳劇、新作、コメディ…。ミュージカルと歌舞伎こそなかったけれど、ずいぶん多くの芝居に接することができたから。

佐藤 それが先生の評論家としての「原点」ですか?

中村 どうだろう…。本当を言えば、もっと古い話だけれど、今回の話題とはずれるし、個人的な話題だからね。

佐藤 でも、興味があります!

中村 …いつか、機会があれば、ということで……。

佐藤 その「間」は何なんですか?

中村 今日のテーマである「間」を取ってみた。

佐藤 …。ありがとうございました。

中村 では、また来週、ということにしましょう。

(了)