【第十七夜】「岸田國士という劇作家」(2020.09.21)

佐藤 この間の「自粛期間」中に、家でいろいろな劇作家の戯曲を読んだんですけれど、最近、「岸田國士」(きしだ・くにお、1890~1954)に興味を持っているんです。

中村 なるほど。どんな作家のどんな作品でも、興味を持つのは悪いことではないよね。でも、どうして岸田國士が?

佐藤 僕の感覚からすると、かなり昔の劇作家なんですけど、戯曲の内容が全然古くなくて、そのまま今の時代に通用するんです。それに、台詞も計算されているけど自然だし、ドラマの内容も、派手な凄い事件が起きるわけではない家族の会話の中で物凄く深い心理まで掘り下げていたりして、面白いんですよ。

中村 やがて「名優」になるかもしれない君にそれだけ激賞されて、岸田國士もさぞ嬉しいでしょう(笑)。確かに君の言う通りなんだ。

佐藤 なぜなんでしょうかね?

中村 日本の「新劇」、いわば「近代演劇」の発展の大功労者の一人であることは間違いないね。明治23年に生まれて、当時の「東京帝国大学」、今の「東京大学」の仏文科を出て、それから演劇の勉強のためにフランスへ留学しているからね。もちろん、才能があったんだろうけど。

佐藤 その時代にフランス留学って、大変なことなんじゃないですか?

中村 そうだろうね。岸田國士がフランスへ行ったのは大正9年、30歳の時なんだけれど、生活資金を得るためにフランスの日本大使館などで働きながら勉強をしたというから、相当の覚悟だったのではないかな。

 ところで、どんな作品を?

佐藤 『屋上庭園』とか『命をもてあそぶ男二人』、『古い玩具』、『沢氏の二人娘』、『チロルの秋』…。10日ほど前には『動員挿話』を観ました。

中村 岸田作品は、一幕物で人数がそう多くない作品もたくさんあるから、今でもあちこちで上演されているね。『動員挿話』はどうだった?

佐藤 面白かったです! 緻密に台詞が計算されていて、何か「きちんとした芝居を観たなぁ」と感じました。

中村 なるほど。早川書房から、「ハヤカワ演劇文庫」という作家でまとめた古今東西を問わない優れた戯曲の文庫が出ているんだけれど、岸田國士はこの中に三巻入っているから、今でも評価が高い、ということだね。それだけ人間を描くことに肉薄しているんだろうね。

佐藤 お嬢さんが女優の岸田今日子(きしだ・きょうこ、1930~2006)さんなんですよね。

中村 そうそう、良く知っているね。いわゆる新劇団の老舗の「文学座」ができたのが昭和12年で、その結成時に、文学者三人が「幹事」の名称で劇団の面倒をみることになってね。久保田万太郎(くぼた・まんたろう、1889~1965)、岩田豊雄(いわた・とよお、1893~1969)と共に「文学座」の面倒を見たんだ。やがて、岸田今日子も研究生になるんだけれど。

佐藤 そうだったんですか!

中村 戦後は、三島由紀夫(みしま・ゆきお、1925~1970)、福田恒存(ふくだ・つねあり、1912~1994)、木下順二(きのした・じゅんじ、1914~2006)といった錚々たるメンバーと『雲の会』を結成してね。この活動の影響で戯曲を書くようになった作家も多いから、昭和初期から戦後の演劇においては相当大きな足跡を遺したことは間違いないね。

佐藤 なるほど。やはり、凄い人なんですね。

 最近、特に感じるんですけど、役者は僕のような者でも、一本の舞台が入ると作品によっては丸々二か月ぐらいかかり切りになって、他のことができないんですよね。それは仕事ですから当然なんですけど、稽古場で稽古していると、自分の抽斗がすごく少ないと感じるんです。それを増やすための方法はいろいろあるんだと思いますが、時間がある時はジャンルを問わずに芝居を観るのが凄くいい勉強になると気付きました。

中村 それはいいことだし、間違っていないと思うよ。我々のように芝居を仕事としている者には、一本の舞台から得られることは多いからね。どんな芝居でも勉強になるところや参考にすべきところはあるけれど、そういう意味では岸田作品は、ある種の「お手本」としてもいいだろうね。だから、今も繰り返し上演されるわけだし。

佐藤 「岸田國士戯曲賞」もあるんですよね。先生の「お手本」という意味が何となくわかるような気がします。

中村 あの賞は若手の劇作家の登竜門として、昭和30年に創設されたもので、岸田國士が遺した業績を顕彰すると同時に、次の演劇界を担う劇作家の発掘という重要な役割を持っているんだ。今年で62回、という歴史も重ねた権威のある賞で、別役実(べつやく・みのる、1937~2020)、唐十郎(から・じゅうろう、1940~)、井上ひさし(1934~2010)、つかこうへい(1948~2010)などの昭和期の劇作家として大きな役割を果たした作家や、その次の世代では野田秀樹(のだ・ひでき、1955~)、岩松了(いわまつ・りょう、1952~)、横内謙介(よこうち・けんすけ、1961~)、松尾スズキ(1962~)など、今の演劇界の中心で活躍している劇作家が多数受賞しているからね。

佐藤 凄いメンバーですね。僕でも全員知ってます。

中村 君が知っていそうな名前を挙げたんだよ(笑)。

佐藤 そうだったんですね…。でも、今もこうして影響が残っているなんて凄いですね。

中村 もう少し長生きをしてほしい作家だったね。

佐藤 63歳で亡くなったんでしたよね。

中村 そう。自作の戯曲の舞台稽古中に、脳疾患で倒れてしまい、その翌日に亡くなってしまった。

佐藤 人生の最期まで「劇的」ですね。もちろん、意図したものではないでしょうけど。

中村 そうだね。でも、初日を観られなかったのはさぞ悔しかっただろうね。

 こうした「巨人」とも言える演劇人たちが、今の日本の演劇界を創ってきてくれたわけで、その間には戦争も災害もあったでしょ。今、我々は、誰もが初めて遭遇する「新型コロナウイルス」と闘いながら日々を送っているわけだけれど、ここで「演劇の灯」を絶やしてはいけない、とつくづく思う。先人の苦労を考えれば、まだまだできる事はあるはずなんだから。それには、君のような若い世代の柔軟な発想も重要だと思うよ。

佐藤 はい! 僕たち俳優は、基本的には「こういう舞台があるけど、出ない?」と声を掛けていただいて初めて成立する「受け身」の立場ですよね。でも、舞台の合間に戯曲を読んだり芝居を観たりと、自分から求めていくような勉強を続けることが大事なんですよね。

中村 この頃、先回りするようになったね(笑)。これも進歩なのかな?

佐藤 そう思っていただければ嬉しいですけど、ようやく今になって気付いた、というのが本音です。

中村 勉強を始めるのに遅い、というタイミングはないからね。気付いた時に始めればいいんだよ。これからも、一緒に勉強をしましょう。では、今日はこれにて。

(了)