日本では「あぁ無情」のタイトルで知られるヴィクトル・ユゴーの小説を、アラン・ブーブリル、クロード・ミッシェル・シェーンベルグの作、作曲でミュージカル化された作品だ。1987年6月に帝国劇場で10月までのロングラン公演として幕を開け、現在までに各地で40回以上公演され、上演回数は現時点で3,008回に及ぶ。初演以来、いくつかの例外を除いて、主要なキャストのほとんどがダブル・キャスト以上の人数で演じられ、ジャン・バルジャン、ジャベール、エポニーヌ、マリウスは4人のキャストが交替で演じた時もあった。

 今では当たり前のこととなったが、台詞のやり取りの途中でミュージカル・ナンバーに入る形式ではなく、「ポップ・オペラ」と呼ばれる全編を歌でつなぐ形式のミュージカルだ。この『レ・ミゼラブル』以前にもそうした作品がなかったわけではなく、劇団四季の『ジーザス・クライスト=スーパースター』もこの形式を採った作品だ。しかし、一気に広がったのはやはり『レ・ミゼラブル』の功績だろう。初演のメンバーはジャン・バルジャンとジャベールを鹿賀丈史と滝田栄の二人が交互に演じ、ジャベールには佐山陽規が加わった。エポニーヌは島田歌穂・白木美貴子、コゼットは斎藤由貴・柴田夏乃・鈴木ほのか、マリウスは野口五郎・安崎求、アンジョルラスが内田直哉・福井貴一というメンバーである。

 友人と初演を観た帰り、帝国劇場から銀座まで歩きながら、「この芝居、台詞がないんだな…」と呟いたのを鮮明に覚えている。それほどに衝撃的な出会いだったのだとも言える。あの夜からちょうど30年の歳月が流れ、来2018年、また帝国劇場での上演が決まっている。初演以来、一体どれほどの俳優がこの芝居に出演しているだろうか。「ミュージカル界のスターを生み出す芝居」と言われた時期もあった。事実、初演からしばらくはアンサンブルの一員に名を連ねていた役者が、名前のある役をやるようになり、やがて日本のミュージカルの中枢を占めるようになった例はたくさんある。

その一方で、作品の中で素晴らしい演技を見せてくれていながら、残念なことに世を去った役者もいる。宿屋の亭主で狡賢いテナルディエを初演以来の持ち役にしていた斎藤晴彦、可憐で美しい歌声を聴かせてくれたエポニーヌの本田美奈子の死はそれぞれに衝撃的だった。また、翻訳で美しい詞章を遺してくれた岩谷時子も長逝してしまった。

 牢を出獄したばかりで銀の燭台を盗み、再び追われる身となったジャン・バルジャンが、ジャベールとの追いつ追われつを繰り返す、と子供向けに要約された物しか読んでいなかった私に、その裏に流れている「時代」との闘い、蜂起する民衆たちの熱い血潮が流れている作品だと教え、岩波文庫版のオリジナルを大人になって改めて読み返す機会を与えてくれた芝居でもあった。我々は、演劇に限らず多くの物語や音楽に出会う。その時に自分が何歳で、どんな感性を持っている時期にぶつかるかは大きな問題だ。自分で決めるわけには行かず、「運命」とも「宿命」とも言える出会いを待つしかない。私が25歳ではなく30歳でこの芝居に出会っていたら、違う感想を抱いただろう。今思えば、初演時に25歳でこの芝居に出会ったことは、私にとっては「必然」だったような気がしてならない。

 この芝居に限ったことではないが、長い間心の中に残る芝居というのは、観客が出会うべきタイミングで出会った芝居なのだ。