1969年の開場以来、劇団青年座の拠点となっていた東京・代々木八幡の青年座劇場が、ビルの老朽化のために建て替えとなり、今回の第231回公演『砂塵のニケ』を以て一時休館となる。半世紀に近い歴史の中で幾多の名作・名優を生み出した功績は、日本の新劇史の一角にきちんと留めておくべきだろう。脚本は、若手の劇作家として活躍著しい長田育恵、演出は宮田慶子。プログラムにもあるが、最近は中津留章仁、野木萌葱、前川知大、蓬莱竜太、そして今回の長田育恵など、1970年代生まれの作家との取り組みが目立つ。これは青年座に限ったことではなく、演劇界の潮流が変わり始めた「潮目」の一つでもあろう。

 この作品は、美術修復家の理沙(那須凛)が修復を手掛けることになった一枚の絵画を巡る母と子、そして「血」の物語とも言えよう。夭逝して細かな記録や足跡もない画家・加賀谷直人(綱島郷太郎)の痕跡を求め、パリを訪れる理沙に出会う、ルーブル博物館に勤務する日本人やアパートの管理人の佐久間(山野史人)をはじめとする人々。やがて、理沙の母親でコンツェルンの経営者である美沙子(増子倭文江)の若き日の行為が明らかになるが、その縺れをほどくことは、理沙には苦痛を伴うものだった…。

 長田・宮田の女性コンビは、母と娘の反発から理解・共感に至る過程をテンポ良く、しかも繊細な感情を失わずに運ぶ。二人の間に立つ画家・加賀谷は、母にとっては現実の「男」であり、娘にとっては追い求める「像」だ。絵画の修復を目的に画家の過去を探る娘の行為は、とりもなおさず母の過去を暴くことになる、という設定が面白い。同性の親子だけにぶつかり合う言葉も生々しい力を持つ。両者の間に立つ綱島郷太郎の画家・加賀谷の演技には色濃い陰影が深く刻まれ、この俳優の持ち味が引き出された。パリで多くの先人が遺した絵画と闘う中で、ふとした瞬間に見せる男の色気が、時空を隔てて母と娘に大きな影響を与える。母と娘、どちらに対峙しても不自然さを感じさせない点で適役であり、適役だ。

 那須凛の美沙は、「絵画修復士」という珍しい職業ながら、「絵画」を通して画家の人生や描かれた対象物の背景、そこにある物語を読み取ろうとしながら生きる女性の姿を生き生きと演じている。母親の増子倭文江は、瞬時にして若い頃と現在とを演じることになるが、鮮やかな演じ分けが気持ち良いベテランの味だ。パリのアパルトマンの管理人を長いこと努めている山野史人の、多くを透徹した眼差しで見ていながら飄々とした味わいが、いいスパイスになった。
 
 今、いわゆる「新劇」と言われてきた演劇群の劇団は多くが過渡期に立たされている。「老舗」と呼ばれるほとんどの劇団が創立者の世代を喪い、演劇界全体の不況の中でスターを持てない劇団も多い。そうした中、果敢に若い作家とタッグを組むことで新しい潮流を生み出そうと試行錯誤を重ねている青年座の姿勢は評価に値するだろう。劇場が再建されるまでの間に、さらに新しい試みを重ねてくれることを期待して、長年馴染んだ劇場に別れを告げることにしよう。