今さら言うまでもなく、日本と韓国の間には、政治的、感情的な問題が多く存在している。とは言え、そうした色合いも歳月の経過と共に薄れ、特に日本では「韓国ドラマ」や「K-POP」、韓国では日本のアニメーションやゲームの人気で、若い世代を中心に両国の距離はグッと狭まった。そこで迎えた今年は「日韓国交正常化60周年」の年でもある。政治的な問題はさておき、エンタテインメントの分野では、双方の国での交流は20年以上前から盛んになり、日本でも新たなジャンルとして見落とすことができないものになって久しい。

 舞台では2008年に劇作家の鄭義信の作・演出で初演された『焼肉ドラゴン』が大きな話題になり、日本でも演劇賞を総なめにした。以降2011年、16年と上演を繰り返し、今年の10月に東京・初台の新国立劇場で4回目の上演を迎える。1970年前後の日本の高度成長期の大阪を舞台にしたこの作品は、人気作・名作であるだけではない意味を持っている。キャストも日韓双方の俳優が入り交じり、両国での文化的プロジェクトとして上演された、という点だ。日本で上演する時は、韓国人のキャストの台詞は字幕で、韓国での上演の場合はその逆、という方法で言語の壁を乗り越え、双方の国で高い評価を得た作品だ。文化・芸術に関しては他国に比べ著しく関心が低い日本が、「近くて遠い隣国」との共同プロジェクトとして作品を上演したことの意義は大きい。

 「反日」、「嫌韓」など、世代や立場により、日韓それぞれの国の中で、多くの意見があり、簡単に覆せるものではない。それは承知の上で、私はこうした感情は双方の国の「イメージ」が大きく先行していることが大きな問題だと考えている。

 自国に都合の良いように歴史観を捻じ曲げて教育することは良いことではない。しかし、現代史の教育を疎かにし、受験用の教育しかしない日本の歴史教育は、他国を批判できるレベルではない。自ら望んで書を紐解かない限り、多くの問題を抱えながら長い歳月を過ごしてきた両国の歴史を知ることはできないのは、何とも不自由な話だ。

 一方、韓国も、「従軍慰安婦」「強制労働」などを中心とした反日教育が行われているものの、これも国によって植え付けられたイメージの部分が少なくはない。若い世代は特に、双方に対し悪いイメージを持たずに、「歴史は歴史、今は今」と割り切った交流をしている人々も多い。

 長い歴史の中で、多くの諍いの場合、どちらか一方が悪いわけではなく、双方共に反省すべき点はあるはずだ。しかし、その上に立って、これからの日韓の新たな歴史を作るのは、これからの世代の役割でもある。どちらがどれほど悪い、という問題を語る必要はないと思うが、まず双方の歴史的事実を踏まえた上で語るべきなのは明白であり、それをイメージだけで語るのはいかがなものだろうか。

 この記録的な暑さの中、8月29日に上演に先駆けて新国立劇場で『焼肉ドラゴン』の制作発表が行われた。今回は、通常は関係者を対象に行われる制作発表に、一般の観客の応募から選ばれた150人ほどの一般観客を交えての制作発表という、異例の方法が採られた。これも、国交正常化60年がもたらした大きな進歩だろう。 

 作・演出の鄭義信をはじめ、日韓双方のキャストがこの作品に対する想いや意気込みを語り、事前に観客から寄せられた質問を含めた関係者の質疑応答も活発に行われた。初演時のオリジナルキャストで、今回久しぶりにカムバックしたメンバーもいれば、初参加のキャストもいる。韓国ドラマや映画でお馴染みの顔も登場した。

 この公演は、10月に日本で幕を開けた後、ソウルで公演され、12月には再び日本での凱旋公演が予定されている。古典芸能の歌舞伎が初めての海外公演を行ったのは昭和3(1928)年のロシア公演で、まもなく100年になろうとしている。昨今では、日本のアニメーションを原作にしたミュージカル『千と千尋の神隠し』が英国で高い評価を受け、日本発のミュージカルも、徐々に海外での地歩を固めている。その中で、派手な仕掛けはないものの、一つの時代を生きた家族を中心とした人々の物語にも期待する人は多い。

 演劇は、時に言語や思想の壁を越えて人々の心に訴えかける。だからこそ、こうした文化交流に意味があるのだ。その成果を楽しみに待ちたい。

制作発表で勢ぞろいのメンバー(写真提供:公明新聞)