第十一夜【「コロナ禍」の中での劇場再開を観る】(2020.08.10)

中村 まだ「新型コロナウイルス」終息の気配は見えず、「第二波の到来」とも言われていますが、今月、8月から歌舞伎座は公演を実に半年ぶりに再開しました。

 ただ、今までのような「昼夜二部制」の形式ではなく、「三密」を避けるために客席も一つおきにし、定員の約半数での観劇で、公演形態も「四部制」と今までにはないものです。例年、8月公演は「三部制」が定着し、人気を呼んでいましたが、この「四部制」は全く意味が違うものです。「一部」での上演演目は1時間程度の作品を1本、舞台での登場人物もなるべく少ない舞踊や狂言舞踊、芝居では舞台転換のない一幕物を上演しています。また、俳優、スタッフも一部ごとに交替し、それぞれが「接触」を可能な限り避けるなど、今の状況下でできる限り感染防止に配慮した形式を取っています。

 そのような状況の中で、佐藤君は歌舞伎を観に行って、久しぶりの歌舞伎を楽しみつつ「現場検証」をしてきてくれたんだね。

 様子はどうでした?

佐藤 この前、歌舞伎を観たのが2月公演で、「もう半年経ったのか」という想いと、「半年ぶりの生の舞台」という想いがありました。結論を先に言っちゃいますけど、先生が言ったようないろいろな制約はあったものの、やっぱり「生の舞台」はいいですね! 

中村 君は何部を観たの?

佐藤 夜7時開演の第四部です。松本幸四郎さん、中村児太郎さん、坂東彌十郎(やじゅうろう)さんたちの『与話情浮名横櫛』(よわなさけうきなのよこぐし)、通称『切られ与三』って言うんですよね?

中村 そうです。満点の回答だね(笑)。君もだいぶ「歌舞伎通」になって来たようだ。やはり、かなり感じは違っていた?

佐藤 そうですね。開幕前も、いつものようなざわめきもないし、「三密」を避けるためなのか、売店も食堂も閉まっていましたし。やはり、観客だけではなく、売店や係の人も少ないような気がしました。

中村 マスコミ報道でも、「可能な限りの対策を講じて歌舞伎を再開する」という報道があったからね。それが徹底されているという感じだね。そうした環境の中で歌舞伎を観て、違和感は?

佐藤 「全くなかった」と言えば嘘になりますけれど、「予想していたよりは楽しめた」というのが正直な感想です。それに、分かりやすい演目や踊りが並んでいて、上演時間も短いので、初心者向きにはいいのかなぁ、と。一緒に行った友人も、歌舞伎初体験だったんですが、「面白かった」と楽しんでいました。ただ、「ソーシャル・ディスタンス」の関係で、二人で行っても隣の席ではなく、一席開いているのが何となく…。

中村 まぁ、再開最初の公演だから観客としてはいろいろ不満もあるだろうけれど、君がさっき言ったように、「生の舞台」に再び触れることができた嬉しさ、だよね。

佐藤 そうですね。これが最初の「基準」みたいなもので、ここからどこまで以前のように戻れるか、でしょうね。

中村 すぐに、というわけには行かないだろうね…。ところで、舞台の内容はどうだったの?

佐藤 幸四郎さんの与三郎が、凄くカッコよかったです! 昔から惚れていて、一旦二人の関係を離されたお富にまた会えた喜びと、本来は「悪」ではない若旦那が、事情があって強請ろうとする場面の名台詞、凄く良かったですね。

中村 対するお富はどうだった?

佐藤 中村児太郎(こたろう)さんでした。とてもナチュラルな感じで演じていました。与三郎が出て来る前の場面で、お富を囲っている「旦那」のお店の番頭がちょっかいを出してきて、お化粧をする笑いの場面があるんですが、そこで、お化粧をしてあげる時に、「差し棒」みたいなもので紅を塗るんです。これにはお客さんも笑っていましたが、舞台上で俳優同士の距離を保つ「ソーシャル・ディスタンス」のための演出なんですね。

中村 なるほど。そういう場面は他にもあるの?

佐藤 幕切れの与三郎とお富の場面も、他の俳優さんでこの演目を観たことがないので比較できないですけれど、抱き合うんだと思うんです。でも、それだと「密」になっちゃうから、手拭いの端をお互いが持って、その距離が縮まる様子で愛情の感覚を伝わらせていました。

中村 先日、幸四郎さんと新聞のために8月公演のインタビューをした折に、「今の状況ならではの『距離感を保ちながら芝居をする演出を考えているところです』」と言っていたのは、そういうこともあるわけなんだ。

佐藤 そんな話をされたんですか?

中村 はい。その時は30分ほどしか時間がなかったんだけれど、久しぶりに歌舞伎ができる、生の芝居ができるという喜びに満ち溢れていた感じだった。芝居を観て歩くのが仕事の批評家という立場の僕でさえその想いは強いわけで、演じる俳優さんにしてみればいかばかりか、というタイミングでの幕開きでしたね。

佐藤 一緒にしてはいけないのですが、同じ俳優としてその感覚は凄くよくわかります。僕も、観ていて「あぁ、板の上で芝居がしたいなぁ」と思いました。

中村 その一方で、可能な限りの「感染拡大防止」の配慮をしながら、どう舞台を見せるのか、という難題も抱えていたわけで、そこでの悩みもあったんだろうな、とは思う。

 この公演が無事に千秋楽を迎えられれば、今後の大劇場演劇の上演方法のモデルの一つを提示したことにもなるわけで、いろいろ不自由な部分はあるだろうけれど、歌舞伎が再開した意味は大きいと思うな。僕は、医学は素人だけど、何度も流行の波を繰り返す中で、その折々の状況に合わせて「演劇の上演方法」があるのだと、今回の件で演劇界の人々は痛切に感じたよね。その中で「リモート配信」もだいぶ一般的になって来たし。

佐藤 そうですね。でも、それは観客も同じなんじゃないですか。これは、「良い」とか「悪い」という感覚で判断する問題ではないと思うんですけど、先生の言うように「リモート配信」が定着して、家でそれを楽しんでればいいという人と、僕のようにやはり「舞台は生で」という人、「もう少し様子を見て、前のように戻ったらまた劇場へ行こう」と思う人とか、いろいろな感覚があると思うんです。その中で、自分が「観客」としてどういう立場や感覚を持っているのかがわかったとも思うんです。

中村 なるほどね。それはあるかもしれない。君にしてはやけに大人な発言だね(笑)。

佐藤 僕にもその位は言わせてくださいよ。そうした、さまざまな感覚の観客を否定する必要はないですが、僕はやっぱり「生の舞台」が一番好きです。舞台やカメラの前で演じることが本来の自分の仕事だと考えていますから、劇場や舞台を制作する側は大変ですけれど、こういう環境が徐々に増えて、再開できる劇場が増えるのが待ち遠しいですね。

中村 それは演劇に関わる人たちの共通の想いだろうね。一時、「文化的なものは不要不急」だと言われて物議を醸した時期もあったけれど、「そうではない」ということは、こうやって様々な配慮をすれば観客は戻って来る、やはり生の舞台の感動を捨て難い人が多い、ということの証明にもなったんだから。

佐藤 そうですね。半年間、歌舞伎を観ない間に大きく状況は変わりましたが、僕にとっては、「コロナ禍」直前の歌舞伎と、その中での再開の最初の舞台を観られたことは、役者としても観客としても大きな意味があったと思いますし、この舞台は忘れることができないと思います。

中村 では、次は自分が舞台に立てるように頑張ってください。今日は、いつもよりかなり長い対話になったね。では、この辺で。

(了)