ここ数年間で、8月の歌舞伎座の「風物詩」となった松本幸四郎、市川猿之助のコンビによる「弥次喜多」シリーズ。元はご承知、江戸時代の十返舎一九の『東海道中膝栗毛』だが、実はこの弥次喜多のコンビ、この作のヒットに味を占め、東海道の後は「金毘羅詣り」だの「木曾巡り」だのとシリーズ化された、江戸期の大ヒット作品だ。原作がそういう性質のものであれば、こうして主人公だけは変えずに趣向をどんどん変えながら続演していく方法は江戸時代そのままとも言える。

 今年は「流離譚」と名付け「リターンズ」と読ませる。絶海の孤島に流された弥次喜多が帰って来るまでの騒動を描いたものだが、粗筋はあってないようなもので、猛暑を吹き飛ばすつもりでただ楽しみ、笑っていればいい芝居だ。とは言いながらも、今までに観たシリーズ数作の中では、今回が最も出来栄えが良い。幕開きに古典歌舞伎の人気演目『俊寛』を持って来て、そのパロディで始まる。以降も、私が気付いた限りで言えば『夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)』、『勧進帳』、『東海道四谷怪談』、舞踊の『京鹿子娘道成寺(きょうかのこむすめどうじょうじ)』、『三番叟(さんばそう)』、『落人(おちうど)』など、古今の歌舞伎の名作の一部がパロディないしは伴奏音楽の一部で登場する。

人気のアニメ作品を原作にして歌舞伎化するのも現代の「新作歌舞伎」の手法の一つとして否定はしない。しかし、こうしてあくまでも「古典歌舞伎」の土台の上に立ち、そこから指一本でも離れることなく遊んだり工夫をしたりしてこそ、本当の意味での「新作歌舞伎」と言えるのではないだろうか。

 幸四郎の子息の市川染五郎、猿之助の甥の市川団子(だんこ)も10代後半となり、今回は立役と女形の二役を早替わりで演じて見せる。本来は保護者の立場であるべきだが、もはや「不良中年」と化した幸四郎、猿之助のコンビが、若い染五郎、団子のコンビにたしなめられ、説教されるというパターンも定着しつつあり、これはこれで面白く、夏芝居ならではの気軽さだ。

 一幕の最後は本水を使った滝での立ち回りで、これは三遊亭圓朝の『怪談乳房榎』にも似た趣向だ。また、二幕の幕切れにはこの四人が宙乗りで引っ込み、その途中のおかしさに場内は爆笑だ。今回は珍しいことに劇中でもう一回宙乗りがある。これは、歌舞伎界の現役最高齢の市川寿猿が92歳で行うもので、ギネスブックものだとか。日本での宙乗りの最高齢の記録は、90歳の折に森光子が帝国劇場で演じた『人生革命』で見せたもので、それを2歳上回ることになる。寿猿は本来が脇役のベテランであり、こうした機会でもなければスポットが当たらぬ場所で過ごさねばならなかっただろうに、これは粋な試みだ。

 また、この作品では、「文明堂」がかなりの頻度で登場し、看板商品の「カステラ」のCMソングまで披露する。歌舞伎座から路地を一本隔てた場所にあり、東京名菓としても名高いが、それだけの話ではない。歌舞伎十八番の『助六』などに観られるような、芝居の途中でスポンサー企業がいくつも紹介される構造を元来の歌舞伎が持っていることを、ここで改めて説明しておいた方がいいだろう。やたらにCMでぶつ切りにされるテレビを見慣れている方々には特定の企業が劇中に頻繁に登場することに違和感を抱くかもしれないが、これこそ江戸時代以来の立派なCMの一つである。今、また何度目かの流行を見せている韓国のドラマでも、映像の中でスポンサー企業の化粧品を使い、ファストフード店で打ち合わせを行うなどのシーンが入る代わりに、CMでドラマが分断されることはない。どちらがいいかは全く「好み」の問題で口角泡を飛ばすほどではないが、いろいろな工夫は必ずしもすべてが最新というわけではなく、「過去に学んだ」物も多い、ということは覚えておきたいものだ。

 今回の作品、不安定な世情の憂さを忘れるにはちょうど良いが、一つだけ難を言えば、いささか長かった想いがある。15分の休憩を挟んで2時間45分。これが15分カットでき、すっきり2時間半程度で収まればより爽快な面白さだっただろう。

 いろいろな点で今までとは違う局面も含め、歌舞伎の危機が囁かれている今、歌舞伎と真っ向から対峙し、新しい時代の中でのありようを必死で模索している幸四郎と猿之助の意気やよし、とすべき公演だ。